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京都地方裁判所 昭和60年(ヒ)62号 決定 1987年5月18日

申請人 株式会社 甲野太

右代表者代表取締役 甲野太郎

右代理人弁護士 川村フク子

被申請人 甲野九郎

右代理人弁護士 永楽利平

主文

一  被申請人の有する甲野織物株式会社の額面普通株式一一〇株について、その売買価格を一株につき金三八万八五〇〇円と定める。

二  申請費用中鑑定人皆見忠雄に支給した費用の二分の一を被申請人の負担とし、その余を申請人の負担とする。

理由

一  申請の趣旨

被申請人の有する甲野織物株式会社の額面普通株式一一〇株について、その売買価格の決定を求める。

二  申請の理由

1  被申請人は甲野織物株式会社の株主であるが、同会社の定款六条には「株式を譲渡するには取締役会の承認を要する」との規定があるところ、被申請人は昭和六〇年九月二〇日付け書面をもってそのころ同会社に対し、同会社の額面普通株式(券面額一万円)一一〇株を甲田松夫、乙田竹夫にそれぞれ五五株ずつ譲渡することの承認及び譲渡を承認しないときは他に譲渡の相手方を指定すべきことを請求した。

2  右会社は、同年一〇月二日書面をもって被申請人に対し、右株式譲渡を承認しない旨及び譲渡の相手方として申請人を指定する旨通知した。

3  申請人は、右会社の最終貸借対照表(昭和五九年七月三一日現在)により会社に現存する純資産額五億〇二四五万八九四〇円を発行済株式の総数一〇〇〇株で除した額に一一〇株を乗じた額五五二七万〇四八三円を昭和六〇年一〇月九日京都地方法務局に供託し、右供託の証明書を添付して1記載の株式を申請人に売り渡すべき旨、同月一一日被申請人に対し書面をもって請求した。

4  しかし、左の事情が存在することから右株式の適正な売買価格は右供託額をはるかに下まわるものと思われるので、申請人は右株式を供託金額で買い受けることに反対であり、売買価格につき申請人と被申請人との間に協議が調わない。

(一)  昭和四〇年以来繊維業界は構造的不況の中にあり、甲野織物株式会社もその例にもれず、純益が極端に落ち込んでいる。

(二)  従来被申請人は、甲野織物株式会社の取締役であり、かつ生産、販売業務の主力担当者であったのであるが、在職中商品の不当ダンビングをしたほか右会社と競業関係にある株式会社甲野(現商号株式会社乙山)を昭和六〇年四月八日に設立して競業活動を行う一方で、姉婿の経営する丙川織物株式会社乗取り事件に関与していたところ、甲野織物株式会社の紋図、紋紙を持ち出し、重要な事務の引継ぎをせぬまま、同月二五日同会社の取締役を退任すると同時に部下の従業員丁原及び戊田とともに同会社を退職したもので、それらのことにより将来にわたって同会社に低収益状態を余儀なくさせた。

(三)  甲野織物株式会社は、右退職の際被申請人に対し、花嫁衣裳部門の機屋のうち約七〇パーセントに当たる一六機を渡したため、全生産量からみて約三分の一の機屋が抜け、約三〇パーセントの生産減が生じて、自からは生産規模の縮小をせざるを得なくなった。

5  よって、本申請に及んだ。

三  当裁判所の判断

1  記録によれば、本件申請の理由1ないし3、4の(二)、(三)の各事実及び当事者間において株式売買価格につき協議が調わないこと並びに甲野織物株式会社は昭和五一年一月六日に設立され各種織物製造販売を業とする同族会社であって、その代表取締役甲野太郎は申請人会社の代表取締役を兼ねており、被申請人は同人の第九子であるが昭和六〇年四月二五日に右両会社の取締役を辞任していること、右両会社の取締役は全員が太郎一族で占められ、甲野織物株式会社の株式はその全部が太郎一族と申請人会社により保有されていること、京都西陣織物業界の業況が長期低落の傾向にある中で甲野織物株式会社は帯地及び花嫁衣裳の織物を主業とし、昭和五九年七月までは独自の好業績をあげていたものの、その後内紛が発生し、これが業績に顕著な影響を与え、社内体制を立て直すためにはかなりの時間を要するものと予測されること、しかし立直りが困難であると断ずる程深刻なものとは認められないこと、申請人は、昭和六〇年五月二四日被申請人から、被申請人の保有する甲野織物株式会社の株式一一五株(被申請人名義九〇株、妻名義二〇株、長男名義五株)を一株四三万五二二五円の割合で買い取ったこと、鑑定人皆見忠雄の鑑定結果によると、本件株式売渡請求時に近い帳簿価格により甲野織物株式会社の純資産額を算出し、これを発行済株式総数で除する方式によりその株式を評価すれば、一株当たりの価格は五一万八三八八円となること、同鑑定結果によると、右会社の株式評価額は、類似業種比準方式によれば四一万七一四〇円であり、収益還元方式によれば三四万八二八六円であり、配当還元方式によれば一四万〇一八六円であることがそれぞれ認められる。

2  鑑定人皆見忠雄は株式評価鑑定書において、本件の場合株式の価格は営業の一部の譲渡であると考えるのが適当であるから帳簿価格による純資産価額方式以外の方式を採用するのは適切でないとし、又市場性がないことによる減価率二〇パーセントを減ずべきである、として株式価格を算定している。しかしながら、継続中の企業の資産の価額は必ずしも企業価値を表示するものではなく、したがって株式の価値を直接明らかにするものではないのであって、純資産価額方式も理論上の一方式とはいえるけれどもその一つにすぎないから、これのみを採用して他の方式を排斥するのは本件の場合適切でなく、又市場性がないとして算定した価額から更に減価するのは、もともと市場価格のない株式の評価をするに当っては理由のないことといわねばならないし、減価率の数値の根拠も不明というほかない。

本件においては、前記諸般の事情を斟酌すれば右各方式を併用するのが妥当というべきであって、甲野織物株式会社が同族閉鎖会社であり、当事者双方が経営支配株主といえること、昭和六〇年五月二四日には同会社の株式につき当事者間において一株四三万五二二五円とする売買が成立したことがあることを考慮し、純資産価額、類似業種比準価額、収益還元価額、配当還元価額の割合を二・一・一・一とした加重平均値を基準値とするのが相当である。その場合その算式は、

(518,388×2+417,140+348,286+140,186)×1/5=388,477.6となる。

右基準値を基礎として、本件株式の売買価格を一株当たり金三八万八五〇〇円と定める。

3  よって、申請費用の負担につき非訟事件手続法二六条、二八条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 堀口武彦)

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